2010年06月18日
伽藍博物堂「浜辺の猿」

昨日は伽藍博物堂の本公演「浜辺の猿」を観に日吉町にある伽藍博物堂実験室へ行ってきた。
この場所で本公演が行われるのは最後である。劇団が無くなることはないが、ベースとなる場所はなくなることになる。これをもって伽藍はプロディース公演という形での活動となる。続いていくことは嬉しいがやはりいつもの場所で伽藍の芝居が観られなくなるのは寂しい。
僕はたかだか4年ぐらい通っただけなので知ったようなことは言える立場ではないが、それでも伽藍の芝居はあの場所と密接に結びついていると感じている。
そんなちょっとした感傷を持ちながら観た「浜辺の猿」はいつにもまして伽藍博物堂の良さが出ていた舞台となっていた。のんびりとしていて、ちょっと情けなくて、思わず吹き出してしまう笑いがあり、なかなか上手くいかない人たちが登場して・・。そう、いつもと変わらない伽藍の芝居。これが座長であり、脚本も手がけている佐藤さんの味だ。そしてこの味はここ実験室で生まれ発酵していったのだと思う。雑居ビルの1室を改装し50人も入れば超満員で、肩寄せ合うように急造したベンチや桟敷にすわる。役者との距離は近ければ1m。遠くても5mほど。受付からアングラな雰囲気が充満している実験室。
んん、本当に残念だ。
演劇の拠点がなくなるのは芝居の多様性がひとつなくなること。
今の静岡は演劇では海外の公演や有名なカンパニーの演劇を観ることが出来る、少し恵まれた環境にあるが、それでもこうした小さな市民劇団の存在がいらないということは絶対にない。むしろ演劇といった身体と言葉をダイレクトに扱う芸術はローカルな身体や言葉でこそ出来ることもあるはず。(ある演出家の言葉で気づかされた)
伽藍博物堂の芝居を観ていて、静岡っぽいと感じてしまったのは決してネガティブではない。
ゆるく、垢抜けなく、ヒューマンである。
佐藤演出はこの静岡に根ざした作品を生み出しているのではないだろうか。
佐藤さんは静岡大学に30年ほど前に来てからの静岡人。元よそ者だからこそ気づくことができる静岡。静岡での生活が戯曲に反映され、静岡に暮らす社会人が演じている。そして静岡に暮らす僕たちが観る。
これってすごく大事なことなのでは。と気づかしてくれた昨日の舞台だった。
でももうすぐ閉じてしまう。
気がついたときにはもう遅い。
凡庸なのだ、結局。僕は。
くやしいなぁ・・。
伽藍博物堂春の本公演
「浜辺の猿」
日時:19日(土)15時、20時
20日(日)14時
会場:伽藍博物堂演劇実験室
チケット:前売り・当日1500円、高校生以下1000円
電話:054−272−7570
くわしくはこちらへ 伽藍博物堂HP
伽藍博物堂実験室での最後の本公演「浜辺の猿」明日、明後日を残すのみ。
当日券が若干あるそうです。(未確認)
ホントに良い舞台です。ぜひ。
Posted by 柚木康裕 at 21:27│Comments(2)
│演劇・ダンス
この記事へのコメント
柚木さん
伽藍の、あの狭さゆえの良さって絶対にありますよね。
ほんわかしていて笑いあり涙あり。
大事なものは身近にある。身近ゆえ気づかないもどかしさ・・・。
伽藍の、あの狭さゆえの良さって絶対にありますよね。
ほんわかしていて笑いあり涙あり。
大事なものは身近にある。身近ゆえ気づかないもどかしさ・・・。
Posted by ma2i(よー介) at 2010年06月19日 23:42
> よー介 さん
そうだね。
僕も絶対あると思いますよ。
そういったものを愛でる態度こそ大事だと思います。
観る側もがんばらないといけないですね〜。
そうだね。
僕も絶対あると思いますよ。
そういったものを愛でる態度こそ大事だと思います。
観る側もがんばらないといけないですね〜。
Posted by ユノキ at 2010年06月20日 10:37