2010年07月27日
固有名のないboat
久しぶりの更新。
先日出会ったアートについて感想などを少し・・。
「漂えど沈まず」
とはアートの都パリを表現するときにしばしば使用される言葉である。
時代に翻弄されながらも決して藻屑にならず、常に浮上のきっかけを虎視眈々と狙う。チャンスとあらば自己正統をひけらかし、決して悪びれず、主義主張を大上段にかざし、イニシアチブをつかみ取るその姿勢は列強ひしめくヨーロッパにおいて何も非難されることではない。それは経験としての歴史を積み重ねた大人の態度なのだろう。とにかくパリ人はタフである。
先日Gallery PSYS(ギャラリー・サイズ)に内海加良子個展を見にでかけた。このギャラリーは今年の3月(もしかして2月かもしれない)にオープンしたばかりのギャラリー。初年度は連続企画として「あるがまま・・・」Projectというシリーズを毎月1作家紹介していくということだった。彼女は5回目(5人目)の作家としてVol.5として紹介されていた。個展の副題は「"boat in boat" 路のない箱の中でいること」 。
路のない箱とは人生または航海する場所としての海の隠喩とみてよいだろう。そこに浮かぶのがboatだというところが若者特有の自我が読み取れて面白い。そう、けっしてshipではなくboatである。これがパリだったらどんなに落ちぶれようが豪華客船としてのshipだろう。もっともパリではなく日本であっても三丁目の夕日の時代だったら若者もshipに乗っていたのかもしれない。しかし今は21世紀の日本だ。shipはとっくに沈没している。僕たちの乗っているのは救命船とでもいうべきboatなのだ。
しかし内海はそれにけっして悲観しているのでない。
路のない箱の中”で”いること。と彼女自身は状況が自明であることを認めていることからもかわるだろう。楽観でも悲観でもない、もちろん箱の外を闇雲に憧れるのでもない。状況は決して遠くまで見えないけれど逃避せずにこの航海をすすめること。もちろん路のない箱(in boat)でさえも沈むものであるということも織り込み済みだ。それでも大漁旗を上げ(作品5,ナイアガラの上をゆく)、力強い航跡を残して (作品6,港にかえる)boatは進んでいくだろう。
捨てられていた端材を使って作られたboatが壁面に備え付けられた台の上に三艘並んでいる作品があった。各boatに五色の糸が旗に見立てられて空調の風にあたってなびいている。地面に付くまでの長さの糸を見て作家は「ナイアガラの上をゆく」というタイトルを付けていた。シリアスな航海をしているとばかり思っていた僕は素っ頓狂なナイアガラという響きに思わず笑ってしまった。全7作品が展示されていたのだが、微妙にこの作品のタイトルだけが浮いている気がしたので、なぜこのタイトルを付けたのか尋ねてみた。
興味深いことに、最初はタイトルが違っていたらしい。設置するまでは「boat, boat, boat」というタイトルにする予定だったとのこと。boatとboatの間にコンマが付くかどうかは解らないが、作家曰く大事なのは決してboatsではなく、boatと単数を繰り返させることによって固有性を授けることといっていた。廃材でもある木片は作家の手にかかり固有名を獲得し価値あるものになる。なるほどロマンチックである。しかし同時にその態度は作家のエゴとも言えるだろう。まさに神話としての作家像。はたして今の時代に神話は機能しているのだろうか。
結果として内海はこの作品に固有名を与えなかった。
ただ「ナイヤガラの上をいく」という行為を見て取り、決して存在を授けたのでなく、状況を与えただけだった。しかるべきユーモアをもって。
固有名/アイデンティティから離れてそれぞれが路のない箱の中”で”いること。
漂えど沈まず。
美大を卒業して2年目という若い作家のタフさを垣間見たようだった。

Gallery PYPS(ギャラリー・サイズ)
展覧会 あるがまま…Project vol.5
内海加良子《boat in boat》展
開催日程 2010年 7月24日(土)〜8月1日(日)
土・日/10:00〜17:00
平日 /10:00〜20:00
〒422-8058 静岡県静岡市駿河区中原176
http://www.psys-d.com/gallery/index.html
先日出会ったアートについて感想などを少し・・。
「漂えど沈まず」
とはアートの都パリを表現するときにしばしば使用される言葉である。
時代に翻弄されながらも決して藻屑にならず、常に浮上のきっかけを虎視眈々と狙う。チャンスとあらば自己正統をひけらかし、決して悪びれず、主義主張を大上段にかざし、イニシアチブをつかみ取るその姿勢は列強ひしめくヨーロッパにおいて何も非難されることではない。それは経験としての歴史を積み重ねた大人の態度なのだろう。とにかくパリ人はタフである。
先日Gallery PSYS(ギャラリー・サイズ)に内海加良子個展を見にでかけた。このギャラリーは今年の3月(もしかして2月かもしれない)にオープンしたばかりのギャラリー。初年度は連続企画として「あるがまま・・・」Projectというシリーズを毎月1作家紹介していくということだった。彼女は5回目(5人目)の作家としてVol.5として紹介されていた。個展の副題は「"boat in boat" 路のない箱の中でいること」 。
路のない箱とは人生または航海する場所としての海の隠喩とみてよいだろう。そこに浮かぶのがboatだというところが若者特有の自我が読み取れて面白い。そう、けっしてshipではなくboatである。これがパリだったらどんなに落ちぶれようが豪華客船としてのshipだろう。もっともパリではなく日本であっても三丁目の夕日の時代だったら若者もshipに乗っていたのかもしれない。しかし今は21世紀の日本だ。shipはとっくに沈没している。僕たちの乗っているのは救命船とでもいうべきboatなのだ。
しかし内海はそれにけっして悲観しているのでない。
路のない箱の中”で”いること。と彼女自身は状況が自明であることを認めていることからもかわるだろう。楽観でも悲観でもない、もちろん箱の外を闇雲に憧れるのでもない。状況は決して遠くまで見えないけれど逃避せずにこの航海をすすめること。もちろん路のない箱(in boat)でさえも沈むものであるということも織り込み済みだ。それでも大漁旗を上げ(作品5,ナイアガラの上をゆく)、力強い航跡を残して (作品6,港にかえる)boatは進んでいくだろう。
捨てられていた端材を使って作られたboatが壁面に備え付けられた台の上に三艘並んでいる作品があった。各boatに五色の糸が旗に見立てられて空調の風にあたってなびいている。地面に付くまでの長さの糸を見て作家は「ナイアガラの上をゆく」というタイトルを付けていた。シリアスな航海をしているとばかり思っていた僕は素っ頓狂なナイアガラという響きに思わず笑ってしまった。全7作品が展示されていたのだが、微妙にこの作品のタイトルだけが浮いている気がしたので、なぜこのタイトルを付けたのか尋ねてみた。
興味深いことに、最初はタイトルが違っていたらしい。設置するまでは「boat, boat, boat」というタイトルにする予定だったとのこと。boatとboatの間にコンマが付くかどうかは解らないが、作家曰く大事なのは決してboatsではなく、boatと単数を繰り返させることによって固有性を授けることといっていた。廃材でもある木片は作家の手にかかり固有名を獲得し価値あるものになる。なるほどロマンチックである。しかし同時にその態度は作家のエゴとも言えるだろう。まさに神話としての作家像。はたして今の時代に神話は機能しているのだろうか。
結果として内海はこの作品に固有名を与えなかった。
ただ「ナイヤガラの上をいく」という行為を見て取り、決して存在を授けたのでなく、状況を与えただけだった。しかるべきユーモアをもって。
固有名/アイデンティティから離れてそれぞれが路のない箱の中”で”いること。
漂えど沈まず。
美大を卒業して2年目という若い作家のタフさを垣間見たようだった。

Gallery PYPS(ギャラリー・サイズ)
展覧会 あるがまま…Project vol.5
内海加良子《boat in boat》展
開催日程 2010年 7月24日(土)〜8月1日(日)
土・日/10:00〜17:00
平日 /10:00〜20:00
〒422-8058 静岡県静岡市駿河区中原176
http://www.psys-d.com/gallery/index.html
波多野里香展
画集「持塚三樹 Sun Day」
風景美術館でかんがえたこと
持塚三樹展 Sun Day @ヴァンジ彫刻庭園美術館
佐藤浩司郎「DISTORTION」@Gallery PSYS
清水現代アート研究会Vol.5
画集「持塚三樹 Sun Day」
風景美術館でかんがえたこと
持塚三樹展 Sun Day @ヴァンジ彫刻庭園美術館
佐藤浩司郎「DISTORTION」@Gallery PSYS
清水現代アート研究会Vol.5
Posted by 柚木康裕 at 18:02│Comments(0)
│アート・美術